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攻めは飛車角銀桂守りは金銀三枚

ITとアコースティックギター、そして日常のひとこま。

おばあちゃんが剥いてくれた栗がどうしても気持ち悪くて食べられたなかった・・・ごめんよ。

よもや話
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先日、母親が75歳の誕生日を迎えたので、家族でちょっと訪問して一緒に食事をね。

その時、当たり前だがわたしの母親のことを子供達は「おばあちゃん」と呼ぶ。

それを聞いて何故かふと以前に読んだブログを思い出した。

shikabane.hatenadiary.com

かなり前の投稿だが読んでいて胸が熱くなったことを思い出した。

剥いてくれた栗が食べれなかった

両親は田舎から都会へ出て来ていたので、祖母とは離れて暮らしていたため年に一度会うか会わないかのつながりであったが、田舎に帰った時は可愛がってもらった記憶がある。

その祖母がわたしが幼稚園くらいの時、一度こちらの家に旅行に来た時のこと、祖父と祖母、両親とわたしとで奈良かどこかのお寺に行った時のこと。

祖母が私が好きと言う事で甘栗を買ってくれて剥いてくれた。

「ほら、食べてみおいしいから」と言って渡してくれたが・・・食べれなかった。

理由は、祖母のしわくちゃな手を見て、それがどうしても気持ち悪かったから。

「なんでおばあちゃんの手はこんなにしわくちゃなん?」と。

当たり前すぎることながら、普段目にしないその「しわくちゃな手」がどうしても受け入れられなかった。

その「しわくちゃな手」で剥いた栗を食べれない・・・。

祖母には「要らん」と言ったが「なんで?おしいよ?」と進めてくる。

それでもどうしても食べれそうにないので「要らん」と断った。

母親も「変な子。いつもならたくさん食べるのに。ま、要らんって言ってる子に食べささんでもええわ。お母さんがもらう」と言って母親がが食べた。

わたしはそれを見て、申し訳ない事に「気持ち悪る」と思ったことを強烈に覚えている。

いまから考えるとなんて失礼なことなんでしょうね。


そんな祖母もわたしが結婚して子供(ひ孫)ができるまで95歳までの生涯を全うして天国へ行きました。

ふと、思い出すのは「要らん」と言った時のちょっとさみしそうな顔。申し訳なかったなぁ・・・