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攻めは飛車角銀桂守りは金銀三枚

ITとアコースティックギター、そして日常のひとこま。

50歳おっさんになるまでわたしがIT業界で27年も生き残これた方法。

IT関連
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先日ふと思い立って50歳を前に「転職」を考えてみる・・・?という記事を書きました。

書いたあとで「あぁ、そういえばIT業界でなんだかんだと言いながら27年ばかり働いてるのか・・・よく生き残ったなぁ」と。

IT業界は昔は(今も言うのだろうか)「35歳定年説」というのがあって、だいたい一線で活躍するのは35歳までで、技術者としてはそこまでで終わりと言われてました。

理由は日進月歩いやドックイヤーと言われる世界。その世界では若いもんには年寄りは勝てないと。それが35歳という年齢。
ちなみにドッグイヤーとは

俗に、IT業界の技術進化の早さを、犬の成長が人と比べて速いことに例えた俗語である。 1990代後半頃から用いられていた。 犬の1年は、人間の7年に相当すると言われている。

という意味。

実際は確かに集中力は衰えてくるが若者に技術的に負けるのではなく、上記に出した記事で書いた「技術者の単価」の話がある。

IT業界では「プログラマー(PG) → システムエンジニア(SE) → リーダー、マネージャー」というキャリアパスがあり、プログラマーよりシステムエンジニア、システムエンジニアよりマネージャーの方が単価が高い。

で、ある程度年齢を重ねてプログラマーでいると会社からするとその人へ払うお金以上の単価では逆ザヤになってくるし、お客様は若くて同じようなことができる人を選ぶ。
そうすると「いつまでのプログラマーやってると給料上がらないよ」という風になり、みんなより多く稼げるシステムエンジニアやリーダー、マネージャーになることを望まれる。

で、35歳になってプログラマーじゃだめよ(定年ね)という考えが出て来るんでしょう。

実際、わたしも入社当時にこの話を聴き「あぁ、選ぶ業界間違えた」と思いました。

でも、なんと今まで生き残ったのです・・・なんででしょう?

「こうすればいい」という方法は人それぞれ違うでしょうが今日はわたしがどうやって生き残って来たのかまとめてみようと思います。

入社(23歳)~入社3年目くらいまで

わたしは何を隠そうあともう少しで3,000本安打を達成するイチロー(一浪)で大学に入りました。

なので入社したときは23歳です。

以前も書きましたがわたしは会社に入るまでパソコンなんて一度も触ったことがありませんでした。

当時は「理系よりも文系の方がIT業界に向いている」と理由のわからない話があり文系のわたしでもすんなり入社できました。

でも、入社してすぐ「これは向いてない、辞めよう」と。で、今日こそ「辞めますと言おう」と心に決めて出社しては「あぁ、今日も言えなかった」を繰り返している間にプロジェクトにアサインされてしまいました・・・。

初めてやったのはUNIXでC言語。改訂第5版 ANSI C対応 はじめてのC (Software Technology)を渡されて、それを片手にポチポチコーディング。

同期からは「C言語か・・・ポインタややこしいぞ~」なんて言われながらもポチポチ。

当時のわたしにとっは「ポインタ」どころか「ビット」とか「ディスク」とか「OS」・・・全部が「なんじゃそれ?」だったので「ポインタ」自体ではビビビってませんでした。(全部わからないというのは実は強いかも)

でも本当に苦労しました。コンパイルエラーが出ようが自分では修正できないし、なんも一人ではできません。

3ヵ月目くらいに「こりゃ無理やな。コンピューター爆発せぇへんかなぁ・・・?そしたら作らんでええやろ。」なんて毎日思ってました。

でもある日何気ない会話から「あ、もしかしてポインターってこういうこと?」と自分の頭で閃いてからは、スイスイとコーディングできるようになりました。

人間毎日同じことを考えてると知らぬ間にできるようになるもんですね。

もう入社2年目からは新人教育担当として新人にC言語を教える立場に。

毎日、帰りの電車ではコンピューター雑誌を読み、帰宅してからもC言語の勉強なんかも必死にしました。

4年目~7年目

すっかり自信を付けたわたしはバブル崩壊で先輩たちが「肩たたき」にあう中、なんと2年目からプロジェクトリーダーをやってました。

なので、もうそのころはすっかり「天狗」に。

お客様であれ先輩であれ会社のちょっと偉い人であれ「間違った仕様」を持って来ようものなら全員「成敗」してました。

いつしか社内では「武闘派」と呼ばれてました。

恐らく人生で一番「怖いものなし」状態になっていたころです。

このころのわたしは「少々自信がなくても『ブイブイ』推す。言い切って相手を押し切るのが正解」という思いでした。

7年目~15年目くらい

7年目を迎えたころ、会社を去った先輩から「一緒に仕事しないか?」というお誘いを頂き、転職しました。

天狗のピークだったわたしは「給料は〇○万円以上ないと行かない。有給とか関係なく自由に休む」なんてとんでもない条件を出しました。

これが意外と通ったのですね・・・今思うとよっぽど人材不足だったのでしょう。

新しい会社に行ってからもわたしの「ブイブイ攻撃」は変わりませんでした。もうイケイケ。

技術力的にも精神的にも一番「ブイブイ」言っていたころです。

このころ結婚もして人生で一番充実していたころかもしれません。

16年~18年目くらい

人生、イケイケだけではダメなんですね。とあるプロジェクトでこけました。それも「会社つぶれるんちゃう?」くらいの失敗。

そこから関わっていたプロジェクトが3つとも大トラブル。毎日毎日お客様からのクレームの電話対応とメンバーからの「もう、やってられませんわ」攻撃。

とうとう3つのプロジェクトが収束した段階で心折れました。はい、うつ病になりました。

19年目~今まで

うつ病になってからはすっかり「自信」なくなりました。何度か仕事復帰しては休みを繰り返し。

ここ数年はもう「とにかく目立たない。技術の習得はするけど誰かが言いだすまでやっていることは内緒」。

すっかり隠居生活です。

でも運の良いことに若いころに一緒に仕事してた人から「うちに来て手伝ってほしい事がある」というお話でなんとか会社をクビにならずに働けてます。

まとめ

IT業界は若いうちは勢いでなんとかなる。わからなくても「これが正しいんじゃ~!!」みたいな勢い。

その場でわからなくても「あぁ○○ですね、それで行きましょう」なんて言いながら会社帰ってから調べたらいい。

とにかく勢いが大切。

30代~40代までにきちんと人脈を築いて40代以降の仕事を確保できれば、なんとなく50歳までは生き残れるみたい。

さて、問題はここから10年ですね。がんばろ。みんなもがんばって。